This Category : 今日の村ニュース

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アーモンドの花見

2010.02.15 *Mon
村の女性達を誘って、畑にアーモンドの花を見にいきました。

すでに満開~散り頃。アーモンドの木の下には、白い花びらが名残雪のように落ちています。
それにしても見れば見るほど、日本の桜とそっくりです。

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畑では小麦が膝丈まで成長しており、若い穂の緑がとても目に鮮やかでした。

今年の冬はわりと雨も降ったので、夏はきっと沢山の収穫が期待されるでしょう。


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お別れのクスクス

2010.02.10 *Wed
ゼラーラ集落のハビブおじさん宅でお昼ご飯に招かれました。
ここは以前、お友達のイーメンさんが滞在したお宅です。

出てきたお料理は、トウモロコシの粉を使ったクスクスです。
普通は金曜日に食べるクスクス、今日は私の帰国前ということで、弟嫁のラシダさんが特別に腕を振るってくれました。

トウモロコシの粉を使っているだけあって、小麦から作るクスクスよりも黄色っぽくて、すこしねっとりしています。

「どんどん食べて!」

みんなに言われながら、スプーンを口に運んでいると、隣でハビブおじさんがクスクスに「アゴー」をかけはじめました。

アゴーというのはベルベル語で牛乳のこと、それも搾った牛の乳を攪拌して、バターになる脂肪分を取り除いた後の液体なので、酸っぱい飲むヨーグルトのような味がします。

熱々のクスクスに冷たいアゴー・・・。

日本人的に、本来これはありえません。

とはいえ、以前は美味しくないと思いつつ無理に食べていたのが、最近は慣れもあるのでしょう、それほど気になりません。それに形容しがたい味ではあるのですが、トウモロコシの粉とアゴーはわりと相性がいいようです。


大人8人、子ども3人で囲むクスクスのお昼ごはん。
大皿にてんこ盛りになっていたのが、あっという間になくなりました。

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ハビブおじさんが、私の陣地にもアゴーをかけてくれました。


一言メモ:

クスクスは、この地域のベルベル語で「ターン」、「シキスー」などと呼ばれ、トウモロコシの粉で作ったクスクスは特に「アボルボン」と呼ばれています。

春の兆し

2010.02.09 *Tue
まだ風は冷たいけれど、青空に向かって咲き始めたアーモンドの花

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マガマン集落に春の訪れが。

桜に良く似たこの花。

グリス川に近い、広大な畑の一角にアーモンドの木が沢山植わっているところがあり、この時期はちょっとした花見ができます。もちろん木の下にゴザを敷いて一杯、なんていう村人はいませんので、あくまでひっそりとアーモンドの花を愛でる、ということになります。

ちなみに、ウルウイ村の奥にあるアメラゴ、アッスールも有名なアーモンドの里です。
お時間があれば、渓谷に沿って咲いている可憐な姿をぜひ見にいって下さい。

この地域の見頃は2月中旬です。

ムールードおじさん

2010.02.04 *Thu
ムールードおじさんが亡くなった。
4日前の深夜らしい。

推定年齢50歳。
体が不自由で少なからず知能障害があったのは、きっと幼い頃からだろう。

ずっと物乞いをして、モスクの一角にねぐらをもらいつつ、よく道端に寝ていて、
集落の人から施しを受けて生きてきたムールードおじさん。

大人が亡くなると、通常7日間は故人の家に人がひっきりなしに出入りする。
ムールードおじさんの遠縁の家では、形ばかりのお葬式が行われ、今日はもう弔問客も来ないそうだ。



モロッコは施しが当たり前の国。

「アタイ、アタイ(茶をくれ)」と、ムールードおじさんが人の家の前で叫ぶと、その家の人はお茶を持っていく。
毎日働かなくとも、パンやお茶、タバコだって恵んでもらえる。

この前の犠牲祭のあとには、この2年間で見る限り、いつも着ていた緑のジェラバが茶色に変わっていた。遠縁にあたる家族が着せ替えたのだろうか。しかし体は相変わらず何年も洗っていない様子だった。

誰を喜ばせる事もなく、傷つけることもなく、特に憎まれる事もなく、必要とされる事もない存在。それが私の知るムールードおじさんのすべてだった。

もし仮に違う場所で生まれていたら、おじさんにはそれ以外の生き方の選択肢はあったのだろうか。



人は、自らが時を選べずに逝ってしまう。
イスラム的に言えば、すべて神様の決めたこと。神様の望まれたこと。

村人はそれを知っているからか、家族の死ですら悲しみの底から立ち直るのが早い。
先日お母さんを亡くしたファテマも、生後3ヶ月の赤ちゃんを亡くしたラシダも、まわりに励まされ、諭され、普段と変わらない生活を送り始める。

ムールードおじさんの死のニュースも集落を巡り、「ムスキーナ(可哀相に)」と口々に言われながら、日常茶飯事の出来事として過ぎ去っていく。



お茶とパンが好きだったムールードおじさん。

おじさんは畑を見下ろす丘のふもと、マガマン集落のお墓に埋葬された。
今までに亡くなった、すべての村人と同じように。


先生達がやってきた

2010.01.31 *Sun
モロッコで働く友人達がこぞって村にやってきた。
山の向こうから、近隣の町から、総勢9名。
うち4人が教師で、ちょうど学校の冬休みを利用してはるばるきてくれたのだ。
そのほか看護師、服飾の先生、青年の家の先生、女性組織の指導者など、バラエティ豊かな顔ぶれだ。
また、これに一般の日本人観光客も3名加わり、ウルウイ村の日本人密度が一気に増えた1日となった。

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村のアソシエーションを訪問。
日本人がぞろぞろとやってきたのを見て、何事かと沢山のギャラリー(集落の若者衆)が集まる。女性達がやる紙すきの様子を見学。手工芸品の販売も同時に行われた。普段観光客の来ない村なので、アソシエーションの建物の中でこうして実際に作った女性達の目の前で手工芸品が売れるのはめったにないことである。女性達の売り買いの勉強にもなった。

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そしてモロッコの田舎はどこでもだが、子どもが多い。
先生達は、村の子ども達を見るとつい近寄って行ってしまうようだ。古いタイヤで遊んでいる子どもに話しかける者あり、道端で遊んでいる子どもに手旗信号を教える者あり。休み中どこに行くでもなく過ごしている子ども達にとって、こういう新鮮な刺激があるのは良いことである。

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また、友人達はほとんどがアラビア語がメインの地域に住んでいる。彼らの耳にウルウイ村で話されるベルベル語(タマジール方言)はどのように聞こえただろうか。一番遠くから来てくれたシシャウアの学校の先生は、あちらで話されているベルベル語(タシュルヘイツ方言/スース)とはやはり響きが違うと言っていた。


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夕方になって、友人のうち4人はバイクタクシーの荷台に揺られて帰って行き、残りの人達は村のベルベル人家庭へホームステイとなった。

貴重な休みを使って来てくれた皆に感謝するとともに、いつもは離れているけれど、同じ目的で来た仲間がこの国にいることの有り難さをしみじみと感じた。元気ももらえた。

プロフィール

カリマ

Author:カリマ
出身地:山口県
血液型:A
動物占い:チーター



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